パワーマダムの挑戦2・ゴスペルとは異世界のコーラス音楽

パワーマダムの挑戦2・ゴスペルとは異世界のコーラス音楽

アカペラとゴスペルは、ちょっと前にはしばしば混同さえされた単語だが、その異質さに触れてみたい。

パワーマダムの活躍、テレビで見ていただいただろうか。
彼女らにハモネプ(とその予選)が生まれて初めてのアカペラの本番であったという驚愕の事実は、きっとハモネプファンには受け入れがたい部分もあるだろう。ここがテレビの不思議でもある。

放送では転調部が約30秒カットされ、あたかも歌い間違えたかのような編集になっていたことには、当人たちもショックを受けていたし、僕としても残念ではあったが、一秒ごとの価値の重いテレビでは、多分受け入れなくてはならない事実でもあり、これもまたテレビの魔性だ。

さて、 ポップアカペラ(以下、アカペラ)とゴスペルは、同じコーラス音楽でも、全く違った質のもので、ある意味では正反対だ。
ゴスペルチームには、10年、15年という年季を経たチームも多いが、アカペラチームは崩壊のリスクが高く、短命だ。

ゴスペルのコーラスは通常3声のコーラスでつくられる。「メロディーにハモりをつける」ことを基調としたシンプルなハーモニーだ。1パートを複数のシンガーで歌うこともあり、多少ピッチが違っても、「赤信号みんなで渡れば怖くない」的な粗野さが魅力の一部でさえある。ライブでの音の「かっこよさ」は伴奏のバンドに帰するところが大きい。これはゴスペルが基本的に、教会に集まる人々による「アマチュア音楽」の文化であることによる。ゴスペルのヒットチャートのコーラスシンガーたちの多くは、リードシンガー以外は未だにアマチュアだ。

一方でアカペラは、基本的に一人が1パートを担い、メロディー役と種々の楽器役に分かれ、ハーモニーはどんなにシンプルでもゴスペルよりはるかに煩雑で、一人一人のシンガーのスキルが求められる。技術的には高度な音楽で、歴史上、プロの音楽家たちが作ってきた。

ゴスペルでは、指揮者や指導者がいて、その指導者が作ろうとするものにシンガーたちはフォーカスする。それは、ゴスペルが基本的にはメッセージを伝えようとする音楽であり、シンガーたちは、「何を伝えるか」にフォーカスするからだ。

アカペラでは、メンバーたちが音の役割としては対等に近い関係であり、お互いに指摘し合いながら演奏をつくる。それは、アカペラが主に、アレンジや演奏の技術をきかせるための音楽だからだ。

僕が、高校時代アカペラに傾倒しながら、その道へは進まなかった理由がここにある。
アカペラは、ヒット曲を出さない。現代のアカペラは、歌を伝えるための音楽ではないからだ。もともとあるヒット曲をアレンジするなどして、その手法を見せるのがアカペラが現代の市場で主にやっていることであって、平たく言って、「歌心」を求める音楽ではないのだ。
そもそもビートルズのコーラスに憧れた僕にとって、コーラスとは歌を伝えるための手段、あるいは、サウンド全体を仕上げるための手段であって、目的ではない。
僕にとって、歌を伝えるためのコーラスとしてはゴスペルの方がはるかに魅力的だったことがある。

問題は、アカペラのチームでは、上記のような理由も手伝って、技術的な話へのフォーカスが必須である事だ。誰かが「ピッチが悪い」、「あなたはもっと鍛えなくてはいけない」といった話をしなくてはならない。そういう音楽なのだからそれは当たり前のことだが、仲がいいだけのチームでは、運営は難しくなる。かといって、技術やアレンジ以外に理念のフォーカスがあるケースは少ないと思われるし、音楽の技術的な件が人間関係に反映されやすく、チーム運営はハードになる。

「技術的な件はさておいて、まずは歌いたいならやってみましょう」となりがちなゴスペルチームとは、全く運営理念の根幹が違うのだ。

これほどにフォーカスの違う音楽において、普段ゴスペルスタイルで歌っているパワーマダムが一定の効果を出したのには、幾つかの理由があるのではないかと考える。

・Power Chorus マチサガ!(および、大田、新宿)では、普段からパートを入れ替えて歌っている。人数が少なく始めた事情から、メンバーたちは、ソプラノ、アルト、テナーをそれぞれ経験している。ある時期休みがちな人がいたりしても履修中の曲のハーモニーが成り立つように行っていることだった。しかし結果的に、これらが固定された通常のゴスペルチームよりも和音感が育っている可能性がある、と今回つくづく思った。

・ゴスペルを歌うのは、メッセンジャーが行うことであるという観点から、ステージ上での「立ち姿」に留意している。

・そもそも、音楽的な欲求がやや高めの人の加入が多い。これは、Power Chorusの「本物性」のコンセプトに関係があり、いわゆるゴスペルクラスには真似できない。

・僕が指導に入ることで、メンバー対メンバーの緊張の緩和になった事はある。

これらが、「やったことがない音楽ジャンル」のトップリーグで、760組中15組という快挙につながった要素じゃないかと思う。

もちろん、テレビ局としては、女性だけという構成や年齢帯に関する話題性も要素だったろうが、それにしてもド素人を出せる番組ではないわけだから、本人たちには高らかに誇って欲しいものだ。

完全版のアレンジを聞いてもらえる日を願いつつ、以下、転調部30秒が丸々カットされた、テレビ放送時の動画を。

https://www.youtube.com/watch?v=KSk1EBoGkOo

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