黒人教会で幼い日から育つということ

歌って生き抜け_表紙_Small木島タロー

国立音楽大学講師(合唱)

米国海軍契約ゴスペルミュージシャン

一般社団法人パワーコーラス教会代表理事


 

90年代半ばのこと。

キッズクワイアーのドラムを叩いていた14歳のブリタニーが、泣きながら祭壇の袖から僕らが待機していた牧師控え室に入ってきた。

礼拝中のことで、しかも演奏中のこと。演奏を途中でやめて祭壇から降りてきたのだった。

どうしたの? と尋ねると、「お母さんが、テンポが悪いからドラムから離れろって・・。」

彼女はそのまま泣きながら廊下へ出て行った。

ブリタニーの母親がこのキッズクワイアーのディレクターで、今まさに指揮をしていた。

人の子供たちは総じて、日本人の感覚で言うところの「リズム感」がいい。裏のりで手拍子、ステップをしながら力いっぱいに歌う(日本人の子供だって盆踊りを踊らせたら、アメリカ人から見たら相当リズム感がいいと思うが)。そんな子供達十数人を前に母親は力強く指揮していた。

前にも一度、リハーサルでブリタニー親子のそれを見たことがあった。ちょっとテンポが遅くなってしまうブリタニーを叱りつけて「Stop playing!(もう叩くな!)」と指揮者の位置から叫んでくるのだ。しかしいやはや礼拝でも容赦なくやめさせるとは。

ちょうどその日、僕のバンドで叩いていた日本人のドラマーが礼拝を体験するために遊びにきていて、ブリタニーが泣いて出てゆくのを見ていた。僕が状況を彼に説明すると、一言。「うわあ。俺もお母さんからテンポが悪いって怒られたかったなあ」

僕の内心は、「まさにそれな」。

リタニー親子のような例は極端だが、黒人教会と呼ばれる教会では多くの子供が歌や演奏を小さい時から始め、毎週のリハと本番を体験しながら大きくなる。先輩や親からこんな風に音楽を教わる姿が、日本人の目には「英才教育」に映るかもしれない。でも彼ら/彼女らは(わずかな例外を除いて)プロになるためではなく、礼拝という長い文化的/精神的習慣を人生をかけて続けてゆくために上手くなってゆく。

そんな広大なフィールドがあるのだから、アメリカの黒人ミュージシャンの層の分厚さは、とても日本人からは計り知れないものがある。


歌って生き抜け_表紙_SmallAmazon「歌って生き抜け命のコーラス」

 

第1章「ゴスペル礼拝の疑似体験」関連

 

黒人霊歌集:

 

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