本日放映された、芸能人合唱バトル。学校の合唱コンクールを拡張した形の特番を作りたいとのことで、国立音楽大学の音楽文化教育学科に、そして、ポピュラー音楽の要素に慣れた僕に、と白羽の矢が立った。
番組オープニングにちょっと入れるための「かえるの合唱」のアレンジを依頼されて、この曲について初めて調べてみた。あまりネットで調べることのない楽曲だ。
メロディーはパブリックドメイン(作者不詳や死去後経年によって権利消失)、歌詞は「岡本敏明」と言う。
岡本先生! と、今日まで知らなかった僕は内心で叫びながら反省。
岡本敏明は「どじょっこふなっこ」の作曲者で、他でもない、僕の卒業し現在指導している、国立音楽大学の教育科(正式:「音楽教育学科」、現在は「音楽文化教育学科」)の礎を築いた方だ。僕が生まれるずっと前の話で、もちろんお会いしたことはない。学年の最優秀学生は今も卒業時に「岡本賞」を受賞する。
以前、自由の森学園(僕の通った中学高校)で歌ったとある楽曲のおおもとを辿ったら岡本先生の名前に行き着いたことがある。それらの曲は自由の森の先生たちが国立の教育科の合唱から持ち込んだものだったのだ。
国立の教育科にはかつて、燃えるような合唱の熱があった。合唱行脚と呼ばれた100名以上の合唱団が毎年地方を巡ったそうで、あたかも「合唱科」のようなていをなしていたという。自由の森の先生たちの数名はこの合唱行脚の出身だ。それに、NHK交響楽団の年末の第九といえば国立の教育科合唱だった時代が長い。
その凄まじい合唱は国立ではいろいろな理由で消えてしまったが、その熱は自由の森の力強い合唱の中で連綿と受け継がれ、そこを卒業した僕がゴスペルなどの要素を加え、今、国立の合唱授業に持ち帰った。本来合唱が常に備えているはずの、「歌いたいから歌うんだ」という熱が伝わるあの合唱を、教育の場に取り戻そうとしている。
僕はまるで自分が「国立の合唱遺伝子の守り人」のようだと感じたものだった。
準備万端となった各チームをリハーサル室に残し、伴奏として連れてきた学生たちを連れて撮影スタジオに入ると、背景に誇らしげに掲げられた番組タイトルの横に、初めてお目にかかる番組の「マスコット」が目に入った。
かえるだった。「かえるの合唱」のかえる、という訳だろう。
ふと岡本先生を前にしているような空気におそわれ、内心で「先生、持ち帰ってまいりました。」とかえるを見上げて呟いた。
木島タロー
国立音楽大学合唱講師
米国海軍契約教会ミュージシャン
Dreamers Union Choir 主催
一般社団法人パワーコーラス協会代表理事
著書:歌って生き抜け命のコーラス