誰かが信じてくれて、思いが物体になる。Voicease 誕生秘話


「この人のやっていることと僕のやっていることが一体どうつながるっていうのか?」
演奏家派遣などを主にやっているアリアの直子社長と初めての会食の席で僕が考えてたのはそれだった。

僕らを引き合わせた大庭氏も同席していたが、大庭氏はいつもそうやって「なんとなく合うと思う」と言う勘で人を繋げていて、それ以上に特段のアイディアを持っていない。

もうお一人を合わせて4人が集まった席上では、最近どんな仕事をしているとかそれらの仕事上でどんなトラブルがあったとかの話があり、経営者さんたちと言うのはこう言う話をするものなのだと思いながら僕は耳を傾けてはいた。が、それらの話題が僕に直接関係ある話に向かう様子は一向にない。
僕の地元では見慣れないファミレスの食事の味以上の楽しみは、とりあえずなかった。

僕の興味は深くて狭い。だから自分から他人に話しかけるのは好きじゃない。「相手が興味を持ちそうな話題」は、僕にとってはたいがいひどくつまらない話で、逆に「僕が興味を持つ話題」はたいがい相手にとってはマニアックすぎて、夢中になってそれを話す僕に相手がドン引きするのがオチだからだ。

直子社長は正反対に、社交的で朗らかで、話題を途切らせることがなかった。最近の仕事について話すタイミングで、自社製品だということで「レクリナ」という、変わった形のオカリナのフライヤーを全員に渡した。体や呼吸器が衰えてきたお年寄りにも楽しめる楽器の形状を考え抜いたのだという。なるほどとは思ったが、僕はあいかわらず、僕の音楽とは遠い話のように感じていた。

他の二人がトイレに離れ、直子社長と二人でテーブルに残された時、僕の中でかすかなアラームが鳴った。「直子社長に話しかける理由がある」というアラームだ。

僕はこの種のアラームを信用している。それが僕の人生を何度も導いてきたからだ。

なんだろう? 僕は視界の中を捜索した。アラームが鳴ったからには、何か直子社長に話しかける理由があるはずだ。目に入ったのはレクリナのフライヤーだった。僕は、僕の音楽に関係ない楽器が映ったそのフライヤーを眺めた。綺麗な箱に入った硬質プラスチックの製品だ。

言葉が僕の口をついた。「これ、どうやって作ったんですか?」
「色々考えて作りましたよおー」と、直子社長。
「というか、穴の位置とか計算も大変ですよね?」と僕。
そこから、レクリナがどういう発想からはじまり、試作の過程や金型の話や注文ロット数の話へ、僕も根掘り葉掘り質問していった。

話はこれよりちょっと過去に遡る。コロナ禍より前の、今から5年ほど前のことだ。全国にスクール展開をするある楽器会社にパワーコーラスコンセプトのプレゼンに行った。一通りプレゼンが終わった後で、僕はその会社の方に、「ついでにちょっと聞いていただきたい話がありまして」と切り出した。
「家や夜でも思い切り声を出せる道具についてのアイディアがあるんですが..」

そのアイディアのかけらは、僕が若きバンドマンだった時から暖めていたものだった。人が毎日歌う、なんでたかがそれだけの当たり前のことが出来ないんだ。世をすねていた僕は、「世界の全ての人は隣人が毎日高らかに歌うことを許すべきだ」と本気で考えていた。そんな僕だから、騒音トラブルも随分経験してきたものだ。

この日プレゼンに訪ねたその会社は国内屈指の楽器メーカーなので、その日一応、僕のその10年来のアイディアの片鱗を話してみる覚悟でいた。僕としては実現してくれる可能性のある人々に初めて自分のアイディアを「告白」する瞬間だった。しかし、僕の言葉を聞いたご担当者たちは言った。「我々は開発担当ではないのでなんとも…」。僕は「そうですよね。いや、いいんです。」と言いながらそそくさと席を立った。それは自分でも「別に大した話だと思っているわけではないんですよ」というアピールでもあった。「ほお、そんなことが可能なんですか? ではぜひ開発の者につなぐので話してみてくださいませんか?」そんな言葉が返ってくることを内心15%くらい期待していたのだ。でも、85%の可能性の方が、案の定勝った。

それから数年。コロナ禍がやってきた。DUCは集まれなくなり、リモート合唱動画を作ろうにも、メンバーたちが家で歌えない状況におちいった。隣人が日中も家にいたり、頼りのカラオケ店も休止したり潰れたりし始めたのだ。カーシェアリングで車を借りて、免許のないメンバーでも車の中で歌うというアイディアを出したこともあるが、止まったままとはいえ免許のない人間が車を借りるのは難しかった。歌えない時間は、幾らかのメンバーからチームへのモチベーションさえも奪っていった。「コーラスの魔法が解けたのだ」、僕はつくづくそう思った。歌は、絶対仲良くなれない人同士さつなげてくれる。歌えなくなり、歌の魔法が解ければ性格が合わない人間は、元通り、一緒には居られなくなる。

「歌わなければ、人はおかしくなる。歌えれば、どんな状況でも人は生きて行ける。」それが僕が黒人教会で学んだ最も大きなことだった。

僕の中で、「家で歌える道具」への切望は強くなっていった。ものを作るというプロセスがどういうものなのか全くわからなかったし、こういうことはどこかの楽器メーカーが巨額を費やしてやるものなのかもしれない(そして彼らは僕の話は聞かないだろう)。でも、この状況を誰かがどうにかしなくてはいけない。そんな思いがやるせなく募っていった。

さて、今目の前にいるのは名前の知られた大楽器メーカーの社員ではなく、演奏を主にしつつ、数品の小さな製品を持っている会社の女社長だ。

ひとしきりレクリナの開発についてお話を終えた直子社長に、僕はあの時と同じセリフを言った。

「家や夜でも思い切り声を出せる道具についてのアイディアがあるんですが..」
「へえ! どうやるんですか? 聞かせてください。」と答える直子社長の目は、あの日の大楽器メーカーの社員さんたちとは正反対のものだった。
「ちょっとパッとは説明できないんですが、マイクを閉じ込めて使うんです。それでマイクで自分の声を聞くことができるんですが、でもマイクっていうのは空間をふさいじゃうとうまく機能しないので、空気を通しながら閉じ込めるんです。」
直子社長は興味津々に聞くと、「なるほど。ミーティングしましょう!」と言った。

その直子社長のセリフの後のお茶は、その前よりも美味しく感じたものだった。

数日すると、「例のミーティングをいつにしましょうか」と直子社長から連絡があった。時期を決めると今度は「どこから始めますか?」と聞かれた。どこから? どこからというのはどういうことだろう。
「どこからと言われても、全くわからないのですが…。」と僕。
「では、音響系の工学博士に知り合いがいるのでその人と、それから特許の専門家を呼びましょう。特許さえ申請すればそのあとはゆっくり進められるので。」
と直子社長。そうか、これが社長というものか、と僕は感心するばかりだった。

最初のミーティングに、僕はボーカルサイレンサーの必要性や市場の可能性をまとめたプレゼン資料と、iPadで書いたスケッチを持っていった。ここで出会った工学博士、小林先生は、痩せておしゃれだが一見人を寄せ付けない印象を持った人物だった。この日僕は小林先生から「一蹴された」ような印象を持ったと記憶している。この時のアイディアは電子部品を組み込んだものだったのだが、その設計と試作には1000万はかかるということだった。しかも、この段階では大した防音効果は見込めないと言われた。

「直してきます」と申し上げ、1ヶ月後に2回目のミーティングとなった(こういう時、「褒めてくれない専門家がいる」というのは全く大事なことなのだ)。
新たなスケッチと、ダイソーで買ったゴミ箱やらホームセンターで買った金具やらで作った試作品を持っていった。時期は8月。家での僕は完全に夏休みの宿題工作状態だった。僕を見る家族の「パパは一体何を始めたんだ?」という白い目が忘れられない。

この2回目のミーティングで初めて小林先生の興味を惹くことができたように記憶している。その後、博士の「まる」をもらうために僕はスケッチを繰り返した。知財の専門家である大久保氏が近似の特許を調べてきてくれ、「それらの先行アイディアとは根本的に違う着想であることを証明する書類」が、専門的な長文ですぐさま美しく仕上がってきた。

小林先生が直子さんに、「湯淺さんを呼んだら?」と呼びかけた。湯淺さんとは、何やら「試作屋」さんと呼ばれるお仕事の方で、直子さんと小林先生共通の飲み友達らしい。

月例となっていたミーティングに、体の大きな湯淺さんがタッパーを組み合わせた仮想モデルを持ってやってきた。過去にはパチンコ台を作っていたと言い、プラスチック、金属、電子部品などあらゆる製造の業者と繋がっているのだという。

これから起こるであろう試作のプロセス、さまざまな材料の可能性、材料原価、金型の相場、製造国からの輸送まで、全く知らなかった新たな世界の情報が並べられた。そうか、僕の脳内にあったサイレンサーが実際に物体になるのだ、そう実感した時だ。

こうして直子社長の元に専門家たちが集まって、ボーカルサイレンサー「Voicease(ヴォイシーズ)」開発チームの役者がそろう。全て大庭氏の勘ばたらきから始まっているとも言える。

このあと、毎月改善されてゆく4つの試作モデルをへてゆくが、その間、重なってゆく予算を直子社長とアリアは僕とともに負担してくれる(コロナ禍でとても楽ではなかったはずだ)。ここまで人の無形の夢を信じ、そこに賭けられるものだろうか。直子社長という人は出だしからずっと、僕の何倍も僕のアイディアが現実になることを信じていた。

昨今の研究で歌うことが人の免疫細胞を増加させることが証明されている。類人猿たちの歌についても研究が進んでいる。つまりここに、僕がはるか昔からなんとなく知っていた単純な真実がある。それは、「人は毎日歌うのが本来当たり前の生き物だ」ということ。

毎日歌う、を当たり前にする。それはかつて、売れずに苦悩したバンドシンガーだった僕自身への贈り物でもある。

この僕の執念とアイディアを社命を賭して信じてくれた直子社長と直子社長を信じる専門家たちが集まって、Voiceaseは完成した。

———
応援購入(クラウドファンディング)サイト Makuake では、Voicease に1週間で460万円が集まりました。が、実の所まだまだ量産にはお助けが必要です。以下のページ、ぜひご覧ください。
Makuake Voicease

4 Comments
  1. 素晴らしい夢が動き出す瞬間に立ち会ったようで、興奮しながら一気に読みました。
    ボーカルサイレンサー、絶対欲しい!毎日思い切り声を出して歌いたい!クラファン参加するし、周りの歌好きにも紹介したい!応援しています!

  2. こんにちは、200万円が当初の目標だったと思うのですが、800万円を超えてもまだ足りないのでしょうか?現実的に、どのくらいあれば量産体制が整うのでしょう?ある場所に事業計画書+試作品+特許書類を持って説明すれば、即日キャッシュで必要分を渡していただけると思うのですが、もうそれほど追加資金は必要ない感じでしょうか?お金はあればあるだけ量産化できて低価格化できるので、できれば3000万円ぐらいあったほうがいい感じなのでしょうか?このままクラウドファンドだけでなんとかなりそうなら、見守ろうと思っているのですが・・・・

    • ありがとうございます。難しいことなのですが、各方面、特にMakuakeからの助言により目標金額を低く設定したのです。200万円はおおよそ開発にかかった費用のみで、円安や原材料費高騰の影響などもあり、実際には量産体制の構築には2000万円程度(Makuakeの収入に換算すると2500万円)必要な状態になっています。状況がどうあっても期日までにはVoicaseを応援購入者にはお届けする予定ですが、アリア社長を中心にできる奔走はしている状態です。いずれにしましても、お金のことは社長の底力を信頼し、任せております。
      お気遣い、心より感謝いたします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です