Power Chorus レパートリー/黒人霊歌 楽曲紹介

2017年8月27日に行われた、第六回 Power Chorus Showcase では、全てのグループが2曲もしくは3曲の演奏をする中で、DUC以外の全てのグループで黒人霊歌を1曲、演目に取り込んでもらった。

Serious Message in Happy Package / 深刻なメッセージこそ、楽しげなパッケージに入れて。その黒人音楽の本質をテーマとした今回、それを学ぶに最も相応しい楽曲群として、黒人霊歌を選択した。


Power Chorus という音楽が引き継ぐ「命のコーラス」という文化の、非常に重要な学びとなると考えている。

以下は、当日の楽曲紹介の抜粋だが、純粋に黒人霊歌が楽曲の紹介として読んでみていただきたい。

曲タイトルの上のチーム名は、イベント内で歌ってくれたグループの名前。


■Little Lights Choir:

We Shall Overcome

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We Shall Overcome
我々は乗り越えて行く
We Shall Overcome
我々は乗り越えて行く
We Shall Overcome someday
いつか我々は乗り越えて行く
Deep in my heart
心の底で
I do believe
知っているのだ
We shall overcome someday
いつか我々は乗り越えて行く
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60年代に若者であったご年配の方々には、公民権運動のテーマ曲としてボブディランやキング牧師の仲間たちが歌ったことで、馴染みのある楽曲のようだ。

実のところ、この曲を黒人霊歌と呼べるかどうかはっきりしない。

海外の資料には、元は、ティンドレイという作曲家が1900年に発表した I’ll Overcome Some Day という賛美歌から歌詞など一部が取られたというが、楽譜を見ても、似ているというほど似ていない。
メロディーは I’ll Be Alright という黒人霊歌から取られたという説を追いかけると、確かにその方が多少、似ているようだ。

どこでどう生まれたと具体的に言えないが、黒人たちの多くは、自分たちが歌い継いできた伝統的な楽曲だと感じているようで、そういう曲には大概、「私(や私の祖先)の曲が大もとだ」と主張する人々がいるのが、この世界ではあるあるのように見うける。

レディー・ウォーカーという往年の黒人シンガーとともにDUCがこの曲を歌った際に言われたことがある。「この曲は2つの時代に渡って私たちを支えてきた。奴隷解放のために戦った時代と、人種の平等のために戦った時代だ。だから、あまりにも私たちにとって大切な歌なのだ。」
彼女の言葉をそのまま受け取れば、その二つの時代の間には少なくとも100年の時間がある。

ティンドレイの歌詞は、「世界は巨大な戦場で、譲ることなく戦い続ければ勝ち抜ける」と始まる。しかし、そのような歌を奴隷たちが大声で歌えたはずもない。少なくとも奴隷たちが選べたのは、別の歌詞だったはずだ。

解放への夢や闘争心を歌に歌うことなどできなかった黒人奴隷たちに許されていたのは、トゲのない希望のメッセージだけだった。そのことがこの音楽を希望の音楽に育てた、という巨大な歴史の皮肉が、黒人霊歌とゴスペルにはあると僕は読んでいる。

我々は乗り越えて行く、それをひたすらに繰り返す。
希望以外の言葉を禁じられた人々の歌。その向こうの血と涙の歴史に思いをはせる。



■Power Chorus 大田

When We All Get To Heaven

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When we all get to heaven
我らみなで天国に行く時
What a day of rejoicing that will be
その日はなんと喜びにあふれた日となることか
When we all see Jesus
我らみながイエスにまみえる時
We will sing and shout the victory
勝利を歌い叫ぶのだ
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この楽曲を誰がどんな風に書いたかを、当時の黒人クリスチャンたちが知っていたかはわからない。しかし、この曲が賛美歌として彼らにこよなく愛された理由、つまり20世紀初頭の黒人教会における大ヒット曲となった理由には、よくよく頷けるものがある。
日本で一般に黒人霊歌と言われる音楽も、実は幅広い。農園や河川で働く奴隷たちの間に自然発生したような楽曲の他に、ヨーロッパ人の牧師や奴隷主(当時の白人富裕層)たちから与えられた賛美歌を、奴隷たちが勝手に自分たちのビートや歌詞にアレンジしたり引き延ばしたりしたものもある。

この楽曲は19世紀にエリザ・ヒューイットという白人女性によって書かれた賛美歌で、もともと、慣例に習い四声体和声で厳かに楽譜化された楽曲だった。
それが、いわゆる黒人教会という場所で愛され、黒人たちのビートで繰り返し歌われるスタイル、つまり、ゴスペルミュージックへと育っていった。

この曲が発表されたとされる1900年にはすでに奴隷制は終わっており、黒人たちは新たに始まった自由とされる法的権利の中で、差別と貧困という新たな葛藤のさなかにあった。
原曲の時点から生き生きした躍動感と陽気な和音を持つこの楽曲は、とある陽気な女性によって書かれたわけではない。

 希望あふれる若き女性教師であったエリザはある日、生徒の投げた小型黒板(スレート)によって脊椎を傷つけられ、その後の人生を、いわゆる寝たきりのベッドの上で送った。つまりこの楽曲は、彼女がそのベッドの上で書き綴ったものなのだ。

 そのストーリーを知った上で、改めて歌詞とその弾むようなメロディーを口ずさむと、「なんであれ、生き切る」というその真意の凄まじさがわかる。人生がどんな姿であったとしても、それが自分という存在の結末ではないという確信と神への信頼だ。
そのテーマはまさに、残酷な人生を強いられた奴隷たちが歌い継いで来た歌とあまりにも重なる。

 奴隷として生まれ、ある日自由だと言われて解放されたものの、凄まじい差別と貧困にあえいだ世代。この人生の向こう側に答えを求めたその純粋な神への思いを、この歌は語ってくれた。
黒人霊歌がゴスペルになってゆくその過程を、この曲に見ることができる。

■キッズパワーコーラス:

Dry Bones

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Ezekiel cried den dry bones
エゼキエルは叫ぶ「乾いた骨たちよ!」
Oh hear the word of the Lord
「さあ主の声を聞け!」
Toe bone connected to the foot bone
つま先の骨が足の骨に
Foot bone connected to the heel bone
足の骨はかかとの骨に…
Ankle bone…Shin… knee bone…
…thigh bone
足首、すね、膝、もも…と繋がってゆく
Dem bones, den bones gonna walk around
さあ骨たちは歩き出す。

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預言者エゼキエルによって声をかけられた人骨が、足から頭に至るまで順番にくっついて行き、最後には踊りだす。軽やかな曲調と、内容の不気味さが相まって、今に至るまで長く童謡として愛されている楽曲だ。

エゼキエルと乾いた骨の興味深いストーリーは、古くから歌われてきたようだが(ハリー・スミスによるアメリカフォークソング集)、現在のバージョンは、アメリカ黒人運動の祖として知られる19世紀の作詞家、ジェイムス・ジョンソンによって整えられた作詞となる。

こども達には楽しい遊び歌だが、大人になってある日この不気味な歌を思い出すまで、その意味を考えることはないかもしれない。しかし、ある日この歌を思い出した彼らがエゼキエルと骨の物語を探して聖書を開くと、この歌が歌い継がれてきた理由を知ることになる。

2600年ほど前の預言者エゼキエルの時代、エゼキエルを含むイスラエル人たちは、バビロンの奴隷だった。
エゼキエルはある日神に呼ばれ、かつて戦場だった谷へと導かれてゆく。谷底はそこで殺された人々の人骨で埋め尽くされている。エゼキエルが神に指示されるままに骨に声をかけると、なんと骨は再び組みあがり、肉をまとい、起き上がって家へと帰って行く。神のわざに驚くエゼキエルに、神は声をかける。
「この骨は、お前たちイスラエル人だ。お前たちは今奴隷となり、その心は希望を失い、乾ききっている。しかし、私がまた必ずあなたたちを蘇らせ、祖国へと帰してあげよう。それを信じるように、あなたの民に伝えなさい。(エゼキエル書37:1〜)」

これこそ、エゼキエルと骨のストーリーが、黒人奴隷たちに意味するものであったろう。

「ほら、だから神が私たちを奴隷の身分から救ってくれる」などと奴隷たちが声高に歌えたはずもない。言えたのは、「思い出せ、エゼキエルと乾いた骨の物語を」、そこまでだ。

この遊び歌に込められ、歌うことでお互いに確かめ合い、親が子供に伝えようとしたその思いが、伝わるだろうか。


■Busy Smile Deliverers:

In That Great Gettin’ Up Mornin’

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I’m gonna tell you ‘bout comin’ of the judgement
さあ審判の日の話をしよう
There’s a better day a comin’
より良い日がやってくる
In that great gettin’ up mornin’
その荘厳な目覚めの朝に
Fare ye well, Fare ye well
さらば! さらば!
Fare ye well poor sinner!
さらば哀れな罪人たちよ!
Fare ye well poor sinner!
さらば哀れな罪人たちよ!
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黒人奴隷たちは辛い生活の中、ただ心を強く持って耐え忍んだ。そこには希望が必要で、この音楽が生まれた..
そんな「美談」はウケは良さそうだが、別の側面も知らなければ真実を見誤る。
今日の僕らと同じく、奴隷たちが常に信仰溢れた聖人君子の集団だったわけがない。

聖書の黙示録に記される「最後の審判」では、「いのちの書」なるものに名前がある人のみが救われてゆく(ヨハネの黙示録 20:11~)。キリスト教会の基本的な態度は、そうならないようにすべての魂を救う(キリスト教に入信もしくは改宗させる)よう努力することとなっている。

しかしながらこの歌では、いかにも意気揚々と、置いて行かれる「罪人」に別れを告げる。 彼らと別れてゆくことの喜びに満ちているのだ。

上記の訳詞にすべてを書いてはいないが「牧師たちよ。もう救える魂はないから、聖書を閉じなさい。」とか、「最後のトランペットで全員を起こしてはならない」とか、そこかしこに、救われるべきでない人々は救われなくていい、という奴隷たちの静かな意向が見られる。

この曲は、自分たちを奴隷として使う奴隷主(当時の白人富裕層)たちへの、隠れた愚痴なのだ。「最後の審判が来たら見ていろよお前ら」という静かでしたたかな闘争心と、最後は善を行うはずの神への信頼とが、鮮烈な攻撃力となって楽曲に表れている。「痛快」という他ない。

このような、聖書の物語を借りた愚痴は、黒人霊歌という音楽を考えるのに欠かせない大きな特徴だ。
黒人霊歌は、ゴスペルだけの祖先ではなく、すべてのアメリカ黒人音楽の祖先だということを忘れてはならない。ゴスペルへと受け継がれた賛美と礼拝以外にも、後にファンクとなり、ロックとなり、ブルースとなった光と影の要素のすべてを、その音楽は含んでいた。



■Power Chorus マチサガ!:

Soon Ah Will Be Done

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Soon Ah will be done a wid de troubles of the world
この世の苦しみはもうすぐ終わる
Goin’ home to live wid God
神と共に暮らすのだ
I want meet my mother
母に会いたい
Goin’ home to live wid God
神と共に暮らすのだ
—————————

張り裂けるような慟哭そのものと言えるこの歌だが、様々なバージョンで長いこと歌われてきており、中には意外なほど明るい曲想のものもある。また「この世の苦しみとすぐに別れてゆく」というモチーフは黒人霊歌に最もよく現れるものでもある。

そして例によって、奴隷主たちは奴隷たちが死後への憧れを歌っているのだと考えてほおっておいた。これらの曲を歌わせておくのは、奴隷たちの「管理」のためにとても大切なことだったのだ。

これらの楽曲は「逃避者(Escapist)たちの歌」と呼ばれることがある。
soon, by and by, going, coming, などの言葉で、「やがて」、「もうすぐ」と繰り返し歌うことで、奴隷たちの正気を保つのだという。

日本でも、いつ来るともない死刑を待つ死刑囚はしばしば、拘禁反応などの精神的な異常を来す。現代社会のストレスの中でさえ多くの人々が精神に支障をきたしている。日々のストレスが重大であるなら、その中で人間が正気を保つのは容易ではないのだ。まして、奴隷制という異常な制度の中で人が正気を失わないことなどあり得るだろうか。奴隷がいかにして正気を失ってゆくかについて、アカデミー賞映画「それでも夜は明ける」の中で、一人の黒人女性が細かに描写している。

これほどショッキングな事実があるだろうか。

奴隷たちは、あまりに残酷な人生を正気を失わずに過ごすために、この人生はやがて終わる、やがて終わる、という言葉を繰り返し歌い続けたのだ。そして、そうやってそれらの歌詞を歌わせておけば奴隷たちは正気を保って生きてゆくと考えた奴隷主たちは、死なせる気も解放する気もなく、彼らがそれを歌うのをほおっておいた。

 そして黒人霊歌がしばしばそうであるように、この歌にも二面があった。一つは確かに、死んでこの人生を終える日への憧れ、もう一つはある日脱走支援者がやってきて奴隷制から脱走する日への憧れ。

 死ぬか、生きるか、全く違うように思える二つの結末への憧れは、同じ歌で歌われた。自由こそが、彼らにとって生死以上の価値だったのだ。

 ギリシャ神話のパンドラの話を思い出す。神々が創った美少女パンドラの持つ開けてはならない箱の中には、疫病、悲しみ、犯罪、欠乏などの悲劇が詰まっており、パンドラがそれを開けてしまったことでそれが世界中に飛び出してしまう。最後に箱の底にへばりついて唯一、人類に残されていたのは「希望」であったという。

 綺麗な結末に見えるこの話には実は、美談とは違う神話学の見解がある。ゼウスが、希望さえ残しておけば人類は汚れた世界でも生きて行くだろうと、結局「苦痛」を意図的に残したのだとするものだ。

 全てを奪われた黒人奴隷たちに残された、もっとも凄惨な人生を正気で生きるためのツール、それが、繰り返し歌われる「やがて終わりはくる」という、「最低限の希望」、そして最後の希望だったのだ。

 Power Chorus マチサガ! が歌ってくれるバージョンは、既存のアレンジを幾つかコンビネーションしたものとなる。


■UBUNTU:

Swing Low Sweet Chariot

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Swing low sweet chariot
揺れろ戦車
Coming for to carry me home
私を家に連れて行け
If you get there before I do
私より先にお前が着いたら
Tell all my friends I’m coming to
私もすぐ行くと友たちに伝えてくれ
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アメリカ南部の州が奴隷制を行っていた時代、南部から北部へと黒人奴隷たちを脱走させるための組織が存在した。その名も地下鉄道(Underground Railroad)という。奴隷制が終わったずっと後でその存在が明らかになっってきたこの組織は、少なくとも2つの歌を暗号として使っていたことを書物に残している。地下鉄道の工作員、つまり、脱走案内人が近くにやってきたぞ、ということを知らせるための歌として使ったというのだ。地下鉄道はあくまで地下組織であり、その情報は長いこと隠され、破棄されてきた。詳細と言える資料を手に入れるのは学者たちにとっても容易ではないようだ。そのため「多くの黒人霊歌が暗号として使われていた、というのはファンタジーとして飛躍しすぎだ」と唱える学者もいる。

この楽曲、Swing Low Sweet Chariot も、地下鉄道との関連が語られる一曲だ。
チャリオットというのは、聖書の時代の戦車で、馬で引く二輪型で、乗り手が立って乗る、ローマ時代の描写などによく出てくるものを想像すればいいのではないかと思う。聖書内では、預言者エリヤが火の馬がひく火の戦車に突然乗りこみ、つむじ天に乗って天へと登って行く、という描写がある(2列王記 2:11)が、この歌詞はそこから取っていると思われる。


その描写を、地下鉄道の工作員の仕事に例えたものであろうというのだ。この曲が実際の工作に使われたという記載を見たことはないが、日々苦しむ奴隷たちの間に希望を繋ぐための歌として歌われたのだろうと想像することはできる。

この楽曲に特筆すべきストーリーがある。
日本で最も多く演奏されるクラシック交響曲である、ドヴォルザークの「新世界より」の、第一楽章第2主題が、この曲に似ているという「盗作疑惑」をかけられているのだ。ドヴォルザーク自身がこのメロディーの着想について語らなかったために噂が立ったようだが、ドヴォルザークがアメリカの音楽大学に赴任した当時の学生の中に黒人がおり、彼の歌う黒人霊歌いたく気に入った彼は、夕食に招き、数々の黒人霊歌を歌ってもらったという話がある。つまり、もちろんドボルザークはこのメロディーを知っていて意図的に、そして、僕の感覚からすれば素晴らしくセンスあるひねりを加えて、楽曲に用いたのは明らかだ。「新世界より」のタイトルは、故郷チェコを離れてやってきたアメリカ大陸を指し、そこで出会えた新たな音楽性を取り込んだ楽曲であることを明示している。
黒人霊歌の代表曲とも言える一曲。

なお、数十年前に「揺れろ幌馬車」というタイトルで日本で広がったことがあるようだが、幌馬車は英語で “Covered Wagon” だ。アメリカのYahooで Chariot で画像検索しても、幌馬車のような画像には行き当たらない。聖書や黒人文化への見識のない人が、西部劇のイメージか何かのイメージから誤訳したものと思われる。



morfas:

Wade In The Water

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Wade in the water
水に入って行け
Wade in the water children
水に入って行け子供達よ
Wade in the water
水に入って行け
God’s gonna trouble the water
神が水をかき回す
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キリスト教の洗礼式は、聖書の時代から、水に入って行われる。僕も実際に洗礼式でこの曲を演奏したことがある。その時は基地内のプールを利用し、プールサイドに楽器を持ち込んで行った。
黒人達が奴隷だった時代から洗礼式に歌われてきた歌だが、一行、妙な行がある。「神が水をかき回す」の行だ。
一度、黒人の女性が、別の年配の黒人の女性に、God’s gonna trouble ってどういう意味? と尋ねているシーンに遭遇したことがある。
年配女性は、「それは、えーっと、あなたを綺麗にするために神が水を混ぜておいてくれるのよ」とかわかったようなわからないようなことを答え、若い女性も納得いったようないかないような顔をしていた。
僕が文献から学んだのは、この歌には「暗号」が含まれているということだ。奴隷制時代に南部から脱走した黒人たちの証言によれば、「脱走の際、川など水の中を移動すれば、犬が臭いを追ってこられない」という意味があったのだという。
結束のかたい脱走奴隷たちからこのような証言が取れるまでに、学者たちは長い時をかけなくてはいけなかったという。
 黒人霊歌は、ゴスペルとは違い、賛美音楽ではない。
 ゴスペルは、神を賛美することで希望と命を繋いできたが、黒人霊歌は神への嘆願以外にも、愚痴、皮肉、死後に神とまみえる希望だけでなく脱走の夢を叶える日への希望、そして暗号、人の魂が日々を生き抜くために歌が出来るすべての要素を含んでいた。
カーク・ウェイラムの「Gospel According To Jazz」のバージョンは現代の名盤。それを基にしたアレンジで、神戸の morfas がパフォーマンス。

■Bayside Greenness:

Deep River

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Deep river
深い川
My home is over Jordan
私の住むべき家はヨルダン川の向こう側にある
Deep river Lord
深い川 ああ主よ
I want to cross over into campground
私は川向こうのあの宿営地に加わりたいのです
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アメリカ大陸で奴隷たちが歌ったこの歌の中に出てくるヨルダン川は、実際にはユーラシア大陸の西端、イスラエルを流れる。聖書の中では、そのヨルダン川の西岸に「約束の地」が用意されている。
この楽曲、Deep Riverは、奴隷主(当時の白人富裕層)たちには長いこと、奴隷たちが死んだ後に行くことになる天国について、聖書の物語になぞらえて歌っているのだと思われてきた。だからこそ、歌うのを放っておいたのだ。しかし実のところ聖書では、エジプトから脱走してきたイスラエル人奴隷たちが、ヨルダン川を「生きて」渡る(ヨシュア記3:16〜)。
 脱走奴隷たちは後に、Deep River という楽曲について、死んだ後の天国以上に、脱走について歌ったものだと証言する。
 アメリカで最も大きな川、オハイオ川とミシシッピー川。オハイオ川は、北部州と南部州の境界を流れており、ミッシシッピー川は北部から南部へと貫いて流れる。それらの河川と流域では多くの奴隷たちが働いていた。
 早い時期から、アメリカ北部の諸州には奴隷制がなく、「自由州」と呼ばれていた。南部の州で奴隷として働く黒人たちは、この川の向こう岸、あるいは上流に、黒人も自由に暮らせる場所があると聞き知っていたのだ。
 目の前のこの大きな川は、自由州から流れてくる。この川の向こう側には現実に、経験したことのない「自由」が存在する。黒人霊歌にしばしば登場する川のモチーフは、その切ない憧れを表しているという。
 自由州への憧れを声高に歌うことなど、奴隷たちにはできない。聞かれてしまい、その憧れがバレてしまえば、奴隷主たちからどんな目にあわされるか分かったものではない。
 だから彼らは、静かに、聖書の物語に隠して、その憧れを歌い継いだ。


■プレスト:

Down By The Riverside

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I’m gonna lay down my burden
私はこの重荷を置いて行く
Down by the riverside
この川岸に
I ain’t study war no more
もう戦争を学ばない
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日本でもゴスペルスタンダートとしてお馴染みとなったこの楽曲は、実はベトナム戦争の反戦歌としても歌われたピース・ソングのひとつでもある。

黒人霊歌や僕の解説に慣れた方にはお分かりの通り、ここに出てくる「川」は、そもそもはヨルダン川について表している。旧約聖書に登場する主人公としての奴隷たちが、神に約束された場所にたどり着く直前に渡る川だ。そしてその川は、イエス・キリストが、洗礼者ヨハネから洗礼を受けた川でもある。

黒人霊歌由来のゴスペルが常にそうであるように、この楽曲は主に、宗教的側面と歴史的側面の二つから見ることができる。

まず、この曲は厳密に宗教歌として扱える。洗礼の儀式を主に川で行ってきた黒人クリスチャンたちにとって、川に入る前に重荷を下ろす、つまり、クリスチャンとなることによって重荷を下ろす、という、入信もしくは改宗による救いを喜ぶ歌だ。

第二に、歴史的側面だ。この楽曲の歴史は、少なくとも南北戦争の時代にさかのぼることができるという。

アメリカで黒人たちが奴隷であった時代は、南北戦争(1861-1865)で奴隷解放を訴える北部州が勝利することによって終わる。
戦争の死者は60万人というから、一国の中で起こった内戦としては凄まじい戦争であったことがうかがえる。Deep River の項目でも説明しているオハイオ川は、奴隷制をとっていた南部州と、奴隷制のなかった北部州の境を流れていた。
この凄まじい戦争がやがて終われば、その向こうに人々が自由になる未来がある。川向こうを眺める奴隷たちの目に、川は地理的な境界と時間的な境界を重ね合わせて映ったのかもしれない。

「Study war no more」は、イザヤ書に出てくる「予言」だ(イザヤ書2:4〜)。
聖書の終末論というと黙示録に記される、選ばれた民以外は恐ろしい方法で滅ぼされるという世界の滅亡を思い浮かべがちだが、預言者イザヤは、少し違う印象の未来を神から紹介されていた。

「神が争う国々の間の仲裁に立ち、全ての剣は鋤(すき)に打ち直され、人々はもう二度と戦争を学ばない」。この美しい文言を、僕もDUCの楽曲、Love The Only Law の中に借りている。

切なさ、悲しさ、悔しさや殺伐さのイメージが先行する黒人霊歌の中にあって、南北戦争の最中に歌われ続けたことは間違いないとされるこの Down By The Riverside は、イザヤ書の予言の成就を純粋に夢見たピースソングであったことは間違いないのだろう。

■Power Chorus 新宿:

Over My Head

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Over my head
頭上高く
I hear music in the air
風の中に音楽が聞こえる
There must be a god somewhere
どこかに神がいるのだ
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黒人霊歌の資料を漁っていた高校生の僕は、一撃でこの曲に打たれた。
「音楽に人が感動するという事実そのものが、この世界に科学以上の真理がある証拠なんだ」、僕の頭ではこの歌詞は、そのように翻訳されていた。

全てを奪われ、鞭打たれ、自分の存在は惨めで、全てが理不尽に見える世界で、一人の奴隷が空を見上げて歌ったのだと思うと、その歌詞とメロディーに心を締め付けられるようだ。

Power Chorus の元祖、Power Chorus 新宿が今回歌ってくれるのは実は、僕が現代版にアレンジした Over My Head だ。
しかし僕の歌詞の中では実は、There must be a “love” somewhere と歌う。god が love に置き換わっているのだ。
僕のその改変を見とがめた黒人の友人がいる。敬虔な教会音楽家だ。「なぜそんなことをする。神は神だ。その単語を置き換えるなんてどういうことだ」というのが、当然といえば当然の彼の意見だった。

気持ちは重々わかるつもりだが、理解のもとがずれていると僕は考える。
よく見てもらうと、この曲の元の歌詞は「a god」と歌っている。a、つまり不定冠詞だ。聖書の神が、不定冠詞 a  をつけて文中に現されることはない。キリスト教のGodは唯一絶対神のことなので、「ある神」もしくは「一つの神」という言い方が文法として成立しないためだ。冠詞をつけるなら定冠詞 The となる。(同様の例として × a sun, ○ the Sun, × a Japan, ○ the Japan.)

つまり、歌の中で歌われている神はゴスペルで賛美される神と同義語じゃない。この黒人霊歌に現れる a god は、神を知らなかった主人公が凄惨な人生の中で初めてふっと意識する神聖な存在「a god(なにか、とにかく神と呼べるもの)」であって、キリスト教の「the God」じゃないのだ。

アフリカから連れてこられ、元の宗教を奪われ、キリスト教を強要された黒人たちにとって、神という存在が今よりもう少しぼんやりしていた時代がある。それを見誤ってはならない。

僕が歌詞の中で Love に置き換えたのは、その神聖な存在がそもそも自分を愛し、生かしてくれる存在でなければ、それがいくら偉大な存在であっても人が生きる理由としての神にならないからだ。

ちなみに、聖書には「God is love(神は愛である)」(1 John 4:8) との記載があって、教会ではこの一節をみんな喜ぶが、「Love is God(愛は神である)」という意見にすんなり同意したアメリカ人はいない。

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