私死んだら 異次元で
魔法少女になるの
そこで アイドルみたいに
可愛い服で 歌って踊る
お客さんはね 青い鳥たち
聞いてるようで 聞いてないようで
人間はね 誰もいないの
なぜならみんな死んだから
-彩糸乃七「魔法少女A」より
彼女がドアの鍵を何度も何度も鍵穴に抜き差しし、それを繰り返しひねって施錠を確認するのを幾度か見たことがある。そんな時は、「もう大丈夫だよ」と彼女を止めようとする僕の声もまるで聞こえないかのようにうつろな目をしている。
不潔を恐れてあまりに洗い過ぎる手はいつもカサついており、ガスコンロやIHが怖くて使えないため日々できる料理も限られる。でも、この強迫神経症は、彼女の生活を難しいものにしている数ある症状の一つに過ぎない。
彼女が自分の「発達障害」を知ったのは大人になってからだ。生まれつきものの感じ方が違う彼女を彼女の周りの世界がどう扱ってきたのか、その記憶はなかなかに残酷なものだ。
医者が彼女に正しい診断を下したのはあまりに遅過ぎて、その時までに世界から蹴り転がされ続けた彼女の心はとっくにバラバラになってしまっていた。
統合失調症などと誤って出されてきた処方箋は、歩けなくなったり、目玉が上がっておりなくなったりなどの凄絶な副作用の記憶と薬の名前の知識だけを彼女に残した。
「解離性同一性障害」通称、多重人格。そして発達障害と強迫神経症。単独一つでさえ生きることを迷路のように難しくする症状を、少なくとも3つ抱えていることになる。これに聴覚過敏や、人格のうちの一つが持っている鬱なども数えれば症状の名前はもっとだろう。治療というものがあるとしても、一つの治療を他の症状が邪魔するため、まるでルービックキューブを揃えるような煩雑な道のりになる。
彼女のうちのある人格は僕を「先生」と呼び、人なつっこく笑う。別の人格に切り替わるとまぶたがブ厚くなり頬がこけ、僕を「お前」と呼んであらゆる悪口雑言を吐く。それでも、僕が知っている7つほどの人格のうちの2つだ。この症状を必要あるたびに警官や救急隊に説明するのは簡単じゃない(何故か警察たちは人格が「何人いるのか」を聞いてくる)。
彼女は元々は僕が音楽教室に勤めていたときのボーカルの生徒だった。当時ピンク系の服を好み、可愛らしい髪型をしていたが、その笑いはどこかいつも不自然で、しばしばレッスンに泣きながらやってきてただ泣き続けていた。夏の服になるとその左腕に、肩までびっしりと刻まれた無数の傷があらわになった。
彼女になぜ音楽制作をやってみないかと勧めたのかちょっと定かに思い出せないが、無限に深い憎しみのようなものと、それを創作活動の中で消化して行けるのではないかという「音楽家の芽」のようなものを見たのだと思う。僕自身がどうしても処理できない感情を音楽作りの中に消化してきた人間だから、彼女の中に同じ可能性を見たんだろう。
弟子といっても、僕がまず教えたのはDAWでの音楽制作の基礎とちょっとした音楽理論で、その後はアレンジなどについていくらかアドバイス程度のことを繰り返しているに過ぎない。その後の音作りや世界観はネット上の音楽や情報を見るなどして、彼女が自力で育てた。
「ネット上でちょっとだけファンがついた」とある日僕に言ってきた彼女の作品を初めて聴いた時は、背筋がゾッとした。彼女の中の凍り付くような世界を見せられたようで、恐ろしい才能だとも思った。
[これがその時の曲。字幕をONにして見てもらいたい。絵も自分で描くが、色が多い画像が苦手で、この頃の絵は白黒のみだった。]
何故こんなに世界が残酷で汚いのかわからない、と言っているんだろうか。なんでこんなところに生まれてしまったのかわからない、と言っているんだろうか。
彼女自身の言葉以外で彼女の見ている世界を語るのは難しいからやめておくが、このサウンドと歌詞は、きっと彼女と近い体験を持つ人々を救うものになるだろう、そう強く感じた(歌とはそういうものだ)。
攻撃力のあるそのサウンドは、ユニークでクールだった。彼女の心を砕いてしまったほどの壮絶なる生きづらさに、そのサウンドのせいで耳を傾けたくなる。「僕は一人の天才を育てたのだな」と我ながらつくづく感心した。
もともと耳がいい彼女のサウンドはどんどん洗練されてゆき、ついに僕のライフワークであるDUCのトラックを依頼してみようと思うところまで来た(最新アルバムでは曲の半数を彼女のトラックが支えている)。
その彼女が初めて、自分のオリジナル楽曲をアルバムにまとめた。まるで初めて彼女が「自分の人生の価値」を、この星に刻んだかのようだ。彼女の人生からしか生まれない確かなオリジナルの言葉と音楽。誰に届くだろう。どこでどんな誰がこの音楽に救われるだろう。
誰にでも心地いい音楽ではないだろうから、ぜひみなさんにおすすめしたいなどとは言わない。
でも、その言葉と音楽を聞くことで、この思いがこの世界に存在していることを知り、きっと世界を見る目が変わることになる。だからこれは確かに歴史に残されるべきアートだと、はっきり言える。
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