たずねられなかった、たずね人

これは僕が15か16歳の時に「初めて」作った一曲で、実は作詞した人を探している。
 
今回は純平とうだめぐが歌ってくれた。何人ものシンガーたちが今までにこの曲を選んで歌ってきてくれている。
 
 この詞の作者、「わらこさん」と呼ばれた僕の2コ上か3コ上の先輩を、ちょっとびくびくしながら、探すともなく探している。曲を聴いてもらいたいが、聴かれるのも怖いまま4半世紀以上たった。

 

 僕は中二から高一にかけて、演劇サークルでスタッフをやっていた。そのサークルの先輩であったわらこさんと言う人物が卒業してゆく時に、サークルのメンバーたちに、茶色い封筒に入れて、緑の便箋にワープロで打ったこの詩を残していってくれた。 

 僕らの学校*は山の中の6年制の学校で、生徒たちが好き放題に自分自身を生きる「閉じた空間」だった。人生で最も自分らしいと言える時間はここで終わりとなる可能性さえある。だから、この空間から出てゆく「卒業」という出来事がどんなに衝撃的なことか、みんな多少なり感じながら生きていた。そんな僕の心に、この詩はピンでとめたようにとどまり続けることになった。
 
 わらこさんは丸くてフチの細いメガネをかけてはいたが、僕には控えめに言っても、「綺麗な先輩」だった。おそらく本名は笑子(えみこ)というのではなかったか。苗字は佐藤か何かだったような気もするがはっきりしない。なんだか恋愛の中で辛そうな時間を過ごしている噂もちらほら耳に入ったが、いつも軽い色のワンピースを着てふんわりと笑っていた記憶がある。ツインテールだったようにも思う。
 
 当時、学内には一度に5つだか8つだかの演劇サークルがあった。僕は、演劇サークルのメンバーたちが輝いて見えて、ただ彼らのそばにいて遅くまで学校に残りたかっただけでスタッフをやっていた「おまけ」であったことを重々自覚していた。
 いてもいなくてもいいのにどこにでもついてくる上、仕事を引き受ける割りには遂行率も低く、そのわりに理屈っぽくておしゃべりなガキ、それが僕だった。
 
 マドンナであったわらこさんから、そんな僕にも手渡されたあの緑の便箋と詩は、僕の宝物になった。わらこさんが卒業してから、二度と会うことはなかったが、僕はギターでこの詩に曲をつけ始めた。
 
 デュエットの音程について、音楽教師に相談もした。教師は、初めての作曲をする僕のことを一言でも褒めてくれはせず、この音だとハモらないよ、とダメ出しだけを淡々としてくれたものだ。
 
 僕にこの曲の歌うのを躊躇させてきたのは、僕がわらこさんの詩に曲をつけていると伝えたときの、演劇サークルの1コ上の男性の先輩の一言だった。「でも、わらこの詩にはずっと曲をつけている人がいるよ。」
 
 そのセリフは僕には、「だから、お前の出る幕じゃない。だから、わらこはきっとお前に曲をつけてほしいなんて思っていない」と聞こえた。
それ以来僕は、わらこさん本人から「タロー、ありがとう。でも、この詩には曲がもうあるから」と言われることを恐れてきたのだ。
 
 大学に入って20歳の頃、大手のレコード会社から君の曲をもっと聞かせてくれ、少なくとも後10曲聴きたい、と言われた時、手持ちのストックがなかったため、この曲も含めて提出した。全て自信作だったのに、この曲が最もいいと言われた。16の時の曲、しかも作詞は人のものであるという曲が一番いいなんて言われるのは複雑な気分だった。
 万一出版の話になったら、わらこさんを探して許可をもらわなくてはいけない、と思っていた。
 
 学生の頃、遊び慣れた雰囲気の女性の先輩とこの曲をライブで歌ったら、先輩ミュージシャンから、「お前はあのねーちゃんとのデュオと、あの曲を前面に出してやってけ」と言われた。
 
 人に音楽を教えるようになってからも、一番優秀な生徒たちからあの曲を歌っていいか、と聞かれた。
 
 そして今回は、純平が最後のDUCとのライブ内で、この曲を指定してきてくれた。
 
 でも便箋には、詩の「タイトル」がなかった。そのため、僕のiTunesには「無題」という名前でこの曲の様々なライブやリハーサルの録音が入っている。
 
 でも、権利者がわからないためこの曲をレコーディングしたことはない。
 
 いつかわらこさんと話せることがあったら、「タイトル」をもらえないだろうか。それが僕にとって、この曲を歌っていい、という許可になる。そうしたらレコーディングもできる。だから探したかった。
 
 でも、なんと言われるだろうか。「わたしの思い出の詩だし、この曲に一生懸命曲をつけてくれた大切な友達がいるから、タローのは出さないで」と言われないだろうか。そうなれば、この曲は権利的にも、僕の心の中でも、永遠に封印されることになる。だから探したくなかった。
 
 だから今日まで、わらこさんの所在を人に尋ねたことがない。

*私立自由の森学園 わらこさんは3期生か4期生のどちらかのはずだ。

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