発達障害(アウトサイダー)な弟子 #2

第二回:
 
 
 僕が録音音量と音質についての説明を始めると、彼女はすぐにスケッチブックに落書きを始めた。
 
 かつて、このような行動をよく注意したものだが、今はしない。その必要性がわかっているからだ。
 
  
・‥…━…‥・‥…━…‥・
 
 今日は久しぶりに彼女がうちに来たのだ。生声のボーカルミックスの問題を解消するためだ。
 
 ボーカロイド「初音ミク」のミックスに慣れている彼女は、自分の生の声のミックスにはミクほどには慣れていないように聞こえる。僕がそう言うと、いや、これでいいのだ、今の機材や環境でできるベストがこれなのだ、と怒って主張した。自分の聴力や技術に不足があると思われるのが許容できないのだ。
 
 彼女が音楽制作を始めた経緯に関しては、時を遡って次回に綴ろうと思うが、確かに、彼女の聴力には眼を見張るものがある。
 
 昔家で入浴中に、キッチンの向こうのリビングにいる母親の話の内容が聞こえてどうのこうのと言う話をしていたことがあったが、普通の洒落た一軒家だったはずなので、どんな間取りであっても奇妙な話だと思っていた。
 また、近くで子供の泣き声や改造バイクの爆音がすると彼女が耳を塞いで動けなくなるというシーンには、幾度となく出くわしている。
 
 そんな彼女の作る音は、日を追って深みや立体感を増してゆく。
 しかし音について僕が教えるとき、彼女には普通の言葉や視覚的な表現での説明が難しい。音の説明を、階段とかグラフなどで例えられるのが苦手なのだ。教える過程は相当な制限を受けることになる。
 
 にもかかわらず、音がこれだけの成長を見せている要因は一点、彼女の鋭敏な聴力にある。コンプレッサーやイコライザーなどの機器(ソフト)の基本的な使い方を教えて以来、それらを駆使しながら、気に入った曲を聴きこみ、その音を真似る。耳の繊細さは、僕のレベルをとっくに超えており、別の回で後述するが、僕が信頼するミキシングエンジニアが、「彼女のミックスをそのまま発表に用いたらどうか」と提案してきて、僕も驚かされたことがある。
 
 その一方で、生のボーカルである自分の声のミックスについては未成熟な印象を僕は持っていた。皮肉にも、成熟してきたビート系の音と、録音環境や機材に大きな制限を受けるボーカルの音とのクオリティのバランスが問題になってきていた。
 
 彼女は到底、自分でスタジオを借りて歌を録ったり、自分の創作のたびにうちに来て録音したりするようなアクティブなタイプではない。プライベートな空間で完結できるからこその、彼女のアート活動だ。
 
 さて、彼女の制作中のファイルを開くと、問題がそもそも録音時の音量設定(レコーディングレベル)にあることがわかった。下限とも言えるほどソフトな声で歌う彼女のボーカルには、もう一つ別の機材が必要なのだ。その説明の準備のためにいくらか僕の手元のファイルを開き始めると、彼女はスケッチブックを取り出し、僕からボールペンを借りた。
  
 彼女はうつむいて絵を描き始める。

 僕は、ああ、かつてよくこれを注意したものだ、と思い出していた。
  
「こっちは一生懸命話しているんだから、聞いているテイくらい見せてくれ。」
 
「少なくとも関係ないことをしないで聞いてくれ」
 
「それくらいはできてくれないと、僕のレッスンはともかく、社会に出て他人と関われないだろう?」
 
これらが、僕が彼女の話中の落書きに対してかつて言ってきた言葉だ。彼女が通った学校の教師たちよりはマイルドだったと信じたいが、それでも、彼女の特性について今ほど知らなかった時の発言だと言える。
  
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 彼女の自分自身の行動への分析を聞くのは、今ではとても興味を持てる出来事だ。
 ある日の、「なぜ落書きをするのかな」という僕の質問に対し、彼女は「うーん…」と考え、自分の落書きについて説明を始める。
 
 脳の一時理解の機能をコンピューターのメモリに例えると、「稼働のために、メモリをフル使用している」らしい
 
 描きながら聞いている最中に、僕の話がより理解力を必要としたり興味を増してきたりすると、彼女の落書きの筆は遅くなるか止まるのだ。だいたい、ペンをあげ人差し指でほっぺたをつつき始め、視線を右下に下げる。つまり、僕の話へのメモリ使用量が増えるので落書き側に流れなくなる。
 
 どうも、話を聞いている間じゅう、「メモリに遊んでいる部分を作らないため」に落書きをしているらしい。メモリが遊んでいると、ネガティブな記憶にアクセスしたり、他に入ってくる視覚情報で混乱するためではないかと思われる。頭の回転そのものは早いので、ノイズが流入しやすいのだ。
 
 つまり落書きを始めるのは、今から僕の話に集中しようとしている証拠の一つなのだ。
 
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「やれやれ、そんなこと常人にはわからないよ・・」

と、今日もスケッチブックへとうつむく彼女の姿を見て僕はため息をつく。これを見たら誰だって、彼女が話し手を尊重していないか、話に集中していないと思うに決まっている。大人たちが、そんな子供だった彼女に何と言い、何を強制してきたか、それを彼女の幼い心がどんな思いで受け止めていたのかに思いをはせる。
 
 「大人たちは、理解できないクイズを出す。」と彼女は言う。「ほら、こういう時はどうするんだっけ?」。でも彼女には理解できない。早く答えを教えて欲しい。お辞儀をしろと言ってくれればする。落書きをやめろと言われればやめるし、目を合わせろと言ってくれれば、しぶしぶでも、意味がわからなくてもやる。

 でも、「さあここでどうするんだっけ?」などという質問の答えは全くわからない。特にわからないのは「どう悪かったと思うのか言ってみなさい」という質問だ。

「あれもうクイズでしかないからね。幼児がやる、”た” のつくものなあんだ? みたいなレベルの無理ゲーだよ。」と、彼女。

 それで彼女は、ああ、こいつとにかく私に服従して欲しいんだな、と理解する。だから服従に見える言動で返して、相手が「攻撃」をやめるのを待つ。
 
 しかも彼女には、学校にも家にも、探せる他のどんな場所にも逃げ場がなかった。理解者はおらず、どの場所でも怒られたりからかわれたりし続けた。ヘッドフォンで大音量で音楽を聴いている時間が、唯一の逃げ場だったと話してくれたことがある。
 
 ちなみに、主に浜崎あゆみだったそうだ。
 
 僕は、かつて自分の小学校のクラスにいた、今思えば発達障害を持っていたのかも知れないと思う子供たちについて考える。僕も彼らを笑い、からかったことを、告白しなくてはならない。彼らが普通であるべきなのに、そうでないのが悪いと考えていた。いじめられてもいた僕は、自分がバカにする側に立てる対象として彼らを選んでしまってさえいた。
 
 子供とは、なんて罪深い存在なのだろう。でも誰も、彼らが誰なのか説明してくれなかった。彼らは今どうやって生きているだろう。
 
 その時間は、もう取り戻せない。でも、今目の前にいる彼女は、今、目の前にいる。僕がしてきたことの清算と思っているのかもわからないが、それ以上に、「彼女が生きて行ける世界」こそが美しい世界だと思えるのだ。
 
 
 
 さて、僕の話の間に彼女が描いていたのは、飲んだ事のある向精神薬を擬人化したキャラクターだった。彼女は相当な種類の向精神薬を飲んできているので、その気になればシリーズ化できるね、と僕らは笑った。
 
 
 
 
▶︎ ▶︎ ▶︎第三回は、時をさかのぼり、彼女が音楽制作を始めた時へ
 
 
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・「アウトサイダー」の説明について、次回に回しました
 
・彼女の音楽性について、次回に回しました。
 
・このシリーズは一週間おき程度の発表を予定しています
 
以下の注釈は、前回から引き続きです。
 
・音楽家として特異なギフトである「彼女」についてのこの文章を公開できるのは、彼女自身の理解や文章の監修、生き方の上での発表の必要性などの様々な条件がそろった結果です。彼女と近い病名/症状を持つ人々についてのとても貴重な資料なのではないかと考えています。
 
・彼女がこの社会で生きて行けるという結果をもたらすためには、理解のある人々が増えるという出来事が不可欠だと考えています。シェアについて、心より感謝、歓迎いたします。
(無断転載はなさらないでください)
 
・僕は医療従事者ではなく、このエッセイは専門的な知識について述べようとしたものではありません。あくまで、僕が理解し、感じてきたことの記録にすぎません。

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