発達障害(アウトサイダー)な弟子 #1

第一回:

 IQテストの複雑な結果は、彼女が先天性と思しき発達障害であることを示していた。
二十数年の悪夢の果てだった。
 
 彼女は、どうして自分が他人と同じようにできないのかずっとわからなかった。長く姿勢を保てない。大きな音に耐えられずに耳をふさいでしまう。人の目を見て話せない。縞模様など複雑な視覚情報が苦手で、情報の量に疲れきると机に突っ伏した。
 

 親族も教師も友人たちも、彼女がそのようにするのは、彼女が悪い子だからだ、と言った。自分の障害を知らずに育った彼女は、他のみんなも同じ苦しみに耐えながら姿勢を保ち、大きな音に耐え、人の目を見て話しているのだと思っていた。
 

 だから、自分は悪い子だからそれができないのだと言われて、自分が悪い子なのだと信じた。自分が悪い子だということにすれば、授業中に机に突っ伏すのも、あの子は悪い子だから、と、一つのレッテルとして認めてもらえるようだった。
 

 彼女の無反応を、無気力で反抗的だと見た教師たちは、彼女から反応が得られるまでエスカレートして小言した。そんな時は、私は悪い子だからと、内心教師を憎み、あざ笑えば少し救われた。外面的な自分と内面的な自分を一致させられる限られた解釈だった。
 

 自分を責める世界を蔑む理由を探し、憎み返すことが、幼い彼女の精神の主な活動になって行った。
 

 彼女の障害を知らない大人たちが彼女を責め続けたように、いつしか周りの子供たちも、彼女の奇妙さを集団でからかうことを楽しむようになった。
 

「この苦しみから脱するためには、集団の側に混ざらなくてはならない…」。
 

 他の子は笑いあったり、気遣うような言葉を交わしたり、世間話をしたり、着飾って男子を誘って遊んだりしている。それで、そういうことを見よう見まねでやってみると、社会は自分を受け入れてくれるようだった。でも、そういうことの何が楽しいのか内心全く理解できない。だから、他の人々も自分と同じように集団に属するためにそれらを行っているんだと考えてきた。そのため、集団というのは気色悪く、しかも生きるためにはそこに属することを強要してくるという厄介な存在だった。
 

 年齢だけは重ねてゆく彼女の精神は、一般的な人間関係に関する学びを全くとおっていなかった。人と人との関係は基本的に利害と打算であり、したくないことをさせられる重圧だった。
 

 でも、腕力もなく世界に対抗する手段もない彼女の憎しみが、外に向かうことはなかった。つまり、それは常に内側に向いていった。
 

 初めて手首を切ったのは中学生の時。ある日、血だらけの彼女を見て慌てた両親は当然、彼女を医者に連れて行った。統合失調症の診断をもらった。その後もリストカットや向精神薬の過剰摂取を繰り返し、医者を変えるたびに違う病名をもらった。そういう精神科医の誰のことも、彼女は信用してこなかった。
 

 後で知ったことだが、あるクラスで僕に出会った頃の彼女は、境界性人格障害という病名を携えていた。
 夏になり薄着になると、左腕は肩までおびただしい数の傷だらけだとわかった。
 

 発達障害というIQテストの結果を聞いた診察室のカウチで、どさっと背もたれにもたれた彼女は、「これで救われた」とつぶやいた。
 

 このテストの結果により障害者手帳をもらえるだろうという話を医師は、床を眺めたままの彼女と付き添いの僕とに交互に視線を向けながら話した。
 

 聴覚は過敏なほどに鋭いが、視覚情報と経験を統合できないという。一方で、作動記憶というIQが極度に高く、東大生の平均をゆうに超えて、計測上限を振り切っていた
 

 帰りの車の中で僕は、「じゃあこの電話番号覚えて逆から言ったりできるの?」と、彼女の知らない人の11桁の携帯番号をスマホから読んで聞かせた。一度番号を聞いた彼女は、何も見ずにさらっと逆から言ってのけた。
 

 「へえ!」と僕は声に出した。もう何年もの付き合いだが、そんなことは初めて知った。精神疾患を発症するずっと前から彼女は、他人とは違うセンサーでものを感じ、他人とは違う世界を見ながら生きていたのだ!
 

 むかし機動戦士ガンダムのセリフで聞いた「ニュータイプ」という言葉が頭をよぎった。発達障害と言うのは、言われているような「障害」ではなく、進化の過程で生命が生み出す自然な突然変異なんじゃないか。僕は驚きの中に、そんな風に感じていた。
 

 彼女の特異性を理解できなかった社会によって引き起こされた「精神疾患」の方は解決すべき問題だが、彼女のものの感じ方そのものは直すべき「疾患」とは違うものだったのだ。
 

 ああ、何度僕はそれを直せと彼女に言ってしまったろう
 

 親族、教師、友人からお粗末な精神科医達まで、彼女に出会ってきた人々が理解できなかったとんでもないことを知った、と僕は思った。
 

▶︎ ▶︎ ▶︎第二回 彼女の日常の一コマ、ものの感じ方へ
 
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・音楽家として特異なギフトである「彼女」についてのこの文章を公開できるのは、彼女自身の理解や文章の監修、生き方の上での発表の必要性などの様々な条件がそろった結果です。彼女と近い病名/症状を持つ人々についてのとても貴重な資料なのではないかと考えています。
 
・彼女がこの社会で生きて行けるという結果をもたらすためには、理解のある人々が増えるという出来事が不可欠だと考えています。リンク/URLのシェアについて、心より感謝、歓迎いたします。
(無断転載はなさらないでください)

・僕は医療従事者ではなく、このエッセイは専門的な知識について述べようとしたものではありません。あくまで、僕が理解し、感じてきたことの記録にすぎません。
 
・発達障害という言葉にアウトサイダーというカナを振ったことにはご意見がある方もいるかもしれませんが、その理由は、第2回までお待ちください。

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